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集合行為ジレンマの解決――非合理の合理性を越えて

  集団生活をよりよくするためには、全員で話し合い取り決めをするのがよいという考えは一般的であるが、現実として集団行為のなかで荒廃している地域がある。その際に用いられるモデルとして「共有地の悲劇」と「囚人のジレンマ」があげられる。共有地は自身の所有地ではないため他人の家畜が草を食べることを制限できず、誰もが自分が損を被らないようにより多くの家畜を放牧しようとする。そのことにより過放牧が生じ、農民全員の共有資源が失われてしまう(共有地の悲劇)。また囚人のジレンマでは二人の囚人が別々の独房に入れられ、警察に自分がやったか、相手がやったか問われる。この際に二人とも相手がやったと言わないなら、二人とも軽い罰となる。しかし別々の独房に入れられ協力ができない場合、相手がどう問うた場合でも相手を裏切り自分は無実と言ったほうが賢明であるというものである。


 二つのモデルで共通して言えることは「互いに相手が裏切るのではないか」と考えていることと、「自分の利益のみを追い求める」ことによってフリーライダー(ただ乗り)をしてしまうということである。他者を犠牲にすることなく厚生を改善する余地が、誰にとってもなくなっている状態をパレート最適と言うが、つまり、囚人のジレンマ共有地の悲劇パレート最適ではない状態と言える。競争市場均衡では人々の欲求にあわせて無駄なく配分される。(「厚生経済学の第1基本定理」)しかし、先ほどの共有地や景観というような環境は特定の人を排除することが出来ない(排除不可能性)、分けることのできない(非分割性)公共財は、市場経済で供給されることはない。その際どのようにしてこれらの集合行為ジレンマを解決することができるだろうか。


 集合行為を解決するには、個人の自由な行動を他者に影響を及ぼさない範囲に制限しなければならない。集合行為の解決策としてホッブズが提唱した、リバイアサンによる統制(第三者による執行)が考えられる。しかし、その第三者が当事者双方と利害関係になくとも、信頼できるとは限らない。強大な権力を持ったリバイアサンが自分の利益のために裏切ることも考えられる。また、トップダウンの解決が難しいとすれば、市場による解決も考えられる。その例として排出権取引があげられるが、排出枠などの設定の困難性や、取引の不参加など、さまざまな国の思惑が交錯する国際取引ではより一層公共財の財産権による解決は困難であると明らかになってくる。
 
 他者と協力することで公共財を守ることが出来るのに、各自が自らの利益を追求してしまうのは一見すると非合理に見える。しかし、そこには他者への信頼の欠如のような不安定性が背景にあり、それぞれの各自は合理的に動いているということができる。また行動経済学の双曲割引という観点からも持続性よりも目先の利益に飛びついてしまうことは、動物の基本的特性であり合理的な行為といえるのではないか。そのような「非合理の合理性」はどのようにすれば越えられるのだろうか。


 組織心理学者のAdam Grantは著書である『Give and Take』の中で人々をgiver、matcher、takerの3分類し、一番社会的に成功しているのも、失敗しているのもgiverであることを発見した。成功しているgiverと失敗しているgiverの違いは自己犠牲的であるかどうかであり、「情けは人のためならず」という言葉もあるが、自己犠牲にならない範囲で相手に対して与えることのできる「他者志向のgiver」になれば、敵を作ることなく他者とかかわりを持つことができ、それが成功に導くという。

 また唐沢かおりは他者の心の認知という側面に焦点を当て、道徳的配慮の行為性を理性派と感情派に整理している。理性派であるカントは「理性や人間独自の合理性、道徳的自律、普遍的な道徳原理と整合してふるまえる自己統制力が配慮を成り立たせている」とし、感情派のヒュームは「道徳的な善悪の判断は、その判断を行う人の心にある感情によるものであること、またそのような感情経験をもたらすものとして、他者への共感が重要な役割を持つ」としている。

 集合行為ジレンマの原因には他者に対する信頼関係の欠如があるということを先に述べた。心理学では「根本的な帰属の誤り」というバイアスがあるとされている。他者の行動の原因を内的(その人が原因)なものに求め、状況要因を無視してしまうがち」というバイアスがわれわれには備わっている。他者に対する不信を取り除くことが集合行為ジレンマの根本的な解決策であり、そのためには他者の状況要因を見落とさないようにする必要があるのではないだろうか。他者とのコミュニケーションを通して、他者の状況要因を理解することで他者への共感が起こり、道徳的な行為へとつながっていく。それによって自分の利益のみを追求する「非合理の合理性」を越えて、他者とともに作り上げる社会的な合理性へと進んでいけるのではないだろうか。

 

参考文献
 坂野達郎「集合行為ジレンマと市民的公共性」 金子勇編 『計画化と公共性』 ミネルヴァ書房
 R.D.Putnam "Making Democracy Work" (河田潤一訳 「哲学する民主主義」)
 Adam Grant『Give and Take: A Revolutionary Approach to Success』(楠木建訳『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』)
 岸政彦『マンゴーと手榴弾
 唐沢かおり『なぜ心を読みすぎるのか』